果てしなきスカーレット(監督:細田守)鑑賞という主人公の旅路以上の苦行を終えて ※ネタバレあり
そこではクローディアスは閉ざされた門の前で、先に進めず意気消沈しています。スカーレットは謝罪を求めるもクローディアスは侮蔑の言葉を吐き捨てます。ここでスカーレットは父の言葉を思い出して復讐を辞める決断をするも、代わりに竜がクローディアスを殺してしまいます。結果的に、直接手を汚さず復讐も叶ったのではないでしょうか。
そんな感じですっきりしたスカーレットですが、実はここ、「死者の国」といいながら「死者の国」ではなく、恨み辛み妬み嫉みを抱えて晴らさずじまいの人が執着を抱えたまま行き着く、死にそうな人の国だったようで、すっきりスカーレットは生き返ります。でも聖はそんな中で、正真正銘の死者だったため、生き返ることなくそのまま死んでしまった、という結末です。
かくしてクローディアは元の世界で目覚め、クローディアスが毒の誤飲で死んだ時点へと死に戻り、圧政に苦しんでいた民衆の手の平クルーにより支持を集めて、争いのない国造りを始めました。
搔い摘んだあらすじはこんなものですが、上映時間は111分と内容の割に結構なボリュームです。一応公開前の売りとしてこだわりの映像表現が挙げられていました。生前の16世紀デンマークを絢爛豪華に描き、一転して鬱屈した閉塞感に満ちた「死者の国」の雰囲気も作り出しています。特段の美しさを感じるというよりも、高精細で多くの情報量が詰め込まれていると言えるのではないでしょうか。
一方で、その情報量が観るものに物語を伝える情報の質に繋がっているのかというと必ずしもそうではないのかもしれません。登場人物の行動、心情、状況から世界の法則まで、そのほとんどが台詞やナレーションで語られるばかりで、朗読劇のようです。しかしこれは昨今のトレンドなのか、「超かぐや姫!」でも感じるもどかしさでした。行動原理も唐突で、聖の前半と後半の変化、スカーレットの復讐を諦めるきっかけなど、トリガーになるほどのインパクトを感じられないまま物語の進行に促されているだけのようでやはりもう少し説得力が欲しいところです。
また高密度で高精細でリアルさを追求するほど、アニメ的な描写に無理が生じます。「見果てぬ場所」直前の闘いでは、スカーレットが窮地に立つものの援軍が登場して形勢逆転するのですが、あのような視界が開けた場所で一向に近付く第三勢力の存在に気付かない道理がありません。どアップのアニメ的な画角はあくまで演出ですし、特に複数人がその場にいる状況では起こりえない登場でした。突然その場に瞬時に転送されるような仕掛けでもない限り不可能な所業で、当事者たちの驚きの少なさにかえって驚きます。その割に、意識を取り戻す際は本人視点のカメラワークでリアル寄りだったりする点は描き方に一貫性がありません。
そして今述べた通りスカーレットは何度も命の危険にさらされますが、唐突な助力、相手の舐めプなどとにかく都合よく切り抜けます。そのワンパターンさから、各々の出来事が結末に至るまでの取るに足らないイベントの連続に感じられます。結末はいつも監督の説教臭い理想のお気持ち表明なのだから、せめてそこに至るまでは面白いイベントを用意しておいてほしいものですが、今回も騒々しさ以外に記憶に残らないものばかりでした。
しかしながら同監督作品には一定以上の支持者がいて、同監督作品を欠かさず観る層もいらっしゃいます。おそらく彼らは、監督の伝えようとする価値観や観念に共感を抱き、強く賛同する方々かと存じます。この場合、アニメのストーリーや映像、音響はメインコンテンツではなく内包されるメッセージ性を彩る装置として機能していると思われます。
やはり本作をはじめ細田守監督作品は、私のような、作品に込められた主張に共感するという素養を持ち合わせない層には、幾分享受するのが難しい作品であると再確認するにいたりました。

